雨とメコンと少数民族〜Kanchanaburi

カンチャナブリー

この長い旅もそろそろ終わりである。もうバンコクにいても、特に見たいところもない。だが、まるまる1日余っている。そしてひらめいたのが、カンチャナブリーに行くことであった。

2008/08/24(Sun:第25日)泰緬鉄道と戦場にかける橋<バンコク 晴れ カンチャナブリー 晴れ>

トンブリー駅13:55-(SRT ORD259)-16:45カンチャナブリー駅〜カンチャナブリー・バスターミナル18:15-(bus)-20:25バンコク・サーイ・タイ・バスターミナル〜Royal Asia Lodge
* SRT=タイ国鉄 ORD=普通列車
朝から汗だく
実質的最終日。だが暇はいくらでもある。この日もやはり遅く起きた。宿のあるソイのあたりにはこれという朝食の店がなく、スクムビット通り(註1)を渡った、ソイ11へとはるばる足を伸ばす。アンバサダー・ホテルの向かいあたりにあるドイツ系ビアレストランが朝から営業していて、99バーツの朝食セットをやっていた。もちろんそれをオーダー。シリアル<下左>オレンジジュースにコーヒー<下左中>トースト、ベーコン、目玉焼き<下右中>という内容である。いかにも質実剛健としたドイツ人あたりが喜びそうな内容である。食べ終わり、100バーツ札を渡すが、釣り銭はなかった。(註1…Sukhumvit Rd.。バンコクのメインストリートのひとつ。モーチットあたりからはBTSと平行してまっすぐ伸びる。タイの国道3号線の一部であり、チョンブリー、ラヨーン、トラートからカンボジア国境まで伸びる。)

シリアル 飲み物 トーストとおかず カートの送迎車

そして、歩いて戻る。これだけでも汗だくである。7月の終わりにバンコクに到着した時には、今にも雨が降ってきそうな空模様で、気温も東京より過ごしやすい感じだったのが、約ひと月足らずで暑くなっていた。とても雨季とは思えない。雨季も終わりなんだろうなと思った。隣のホテルも送迎車があり、こちらはカート<上右>である。
鉄道でカンチャナブリーへ
体制を整え、再び外出。BTSでサパーン・タクシン<下左>へ。35バーツ。船に乗り換え、ワンランへ。船内は僧侶<下左中>が多かった。17バーツシリラート病院(註2)の構内を抜け、線路<下右中>沿いに歩いて、トンブリー駅<下右>(註3)へ。ここは数年前から再開発中で、川に面したところにあった駅もずいぶんと西にある。駅の手前は閑散とした市場で、野良犬がかなり多い。(註2…Siriraj Hospital。タイ国内最大最古の病院。敷地内に博物館があり、奇形児のホルマリン漬けや死刑執行されたあとの死体などが平気で展示されていることで有名。)(註3…Thomburi Station。旧名Bangkok Noi。かつては、チャオプラヤー川沿いにあったが、再開発のため西に500m程度移転した。ここからは、カンチャナブリーやナコーン・パトム方面への列車が発着する。)

サートゥーンの乗船場 ボートの僧侶たち かつてはここまで列車が来ていた トンブリー駅

カンチャナブリー(註4)までのチケットを購入。いつの間にかこの列車は外国人に限ってどこまで乗っても一律100バーツになっている。時刻表では2時間半程度ということがわかっているものの、実際の所要時間は不明なので、有料トイレに行っておく。3バーツ。有料とはいえ、かなり狭い空間で、こんなところで歯磨きをし、顔までも洗おうという男がいた。旅行者のようだが、タイ人風でもある。列車<下左>は機関車をつけないままホームに入線していた。空いていた一番前の車両に乗り込む。まったくの三等車両で、シート<下左中>はクッションのない木製。4人掛けのボックスシートが並ぶ。発車時間が近づき客が増えていく。(註4…Kanchanaburi。タイ中部、ミャンマー国境に面する人口14.8万人の都市。クウェー川に泰緬鉄道の鉄橋があり、映画「戦場にかける橋」の舞台となった。)

木製シート 隙間から機関車が見える 鐘を鳴らす駅長

やがてディーゼル機関車<上右中>が連結された。軽い衝撃。そのあと定刻に発車する。駅長<上右>が鐘を鳴らしている。もちろん各駅停車であるが、カンチャナブリー自体はそれほど遠くはない。この列車は、タリンチャン水上マーケット(註5)の近くを通り、やがてフアランポーン(註6)から伸びているスンガイコーロク(註7)パダンブサール(註8)方面への南本線に合流する。そのあたりから、乗客が増え始め、自分のボックスもタイ人の3人組と相席になった。ナコーン・パトム(註9)あたりまでは平坦な地形で、水田<下左>が目立つ。距離的に遠くないといっても、結局30分程度の遅れが生じた。ナコーン・パトムを過ぎると、わずかに勾配が生じる。それでも、少し緑が増えたくらいで、山間部という感じはしなかった。途中すれ違いで停車し、対抗する列車<下左中>がやってきた。このあたりは単線である。すでに泰緬鉄道に入っている。カンチャナブリー<下右中>で降りると、多数のバックパッカーが目立つ。そして、それに群がる客引きらしきバイクタクシーも。駅の近くにはかつての蒸気機関車<下右>が静態保存されていた。(註5…Talingchan Floating Market。週末のみ営業する水上マーケット。もちろん観光客向けに作られたものである。)(註6…Hualamphong Station。バンコクの中央駅。タイ国鉄はここを中心に各地へ路線が延びる。外観に特徴がある。)(註7…Sungai Kolok。タイ最南部、マレーシア国境の都市。川を挟んだ対岸はコタバル。マレー鉄道の線路はあるものの、直通列車はない。)(註8…Padang Besar。タイ南部、マレーシア国境の町。バンコク−バタワースのマレー鉄道国際列車はここを通り、出入国検査を行う。)(註9…Nakhon Phathom。高さ約120mの世界最大の仏塔があることで有名。)

ナコーン・パトムあたり トンブリー行き列車 カンチャナブリーに到着 かつてのSL

戦場にかける橋
ここからクウェー川鉄橋(註10)に向かって歩くが、かなり遠い。そのまま列車に乗っていれば、そこで降りることができたのだが。徒歩で30分近くかかる。のどが渇き、コンビニで飲み物を買って水分補給する。こんなところでもコンビニがあるというのがありがたく、タイは旅行がしやすいと思う。(註10…River Kwae Bridge。クウェー川にかかる鉄道用の橋。日本軍が泰緬鉄道を建設する工事の上で最も難所であった。旧名称はメークロン永久橋。その後、映画で「クワイ川」という表現がなされ、現地の川の表記もクウェー・ヤイ川と改名された。第二次世界大戦で、連合国は鉄橋の爆撃を何度も行い、鉄橋も被害を受ける。被害を受けた箇所は日本の戦後賠償で作られていて、トラスの形が異なる。)

クウェー川鉄橋 鉄橋を歩いて渡る 修復部分 橋のオリジナル部分

早足で歩き、ようやく鉄橋<上左、上左中>に到着した。その周辺はいきなり観光地となっていた。この鉄橋は映画「戦場にかける橋(註11)」の舞台になったところである。その鉄橋は待避所もあり、対岸に向かって歩くことも可能。待避所はあるものの、線路の脇はそのままなので、結構怖いものがあるかも。ちなみに、台形トラス<上右中>なのが新しく作られた部分で、丸いトラス<上右>がオリジナルだそうだ。やはり台形の部分は中央部にあり、丸い部分が岸の近くということは、紛れもなく戦争で橋が破壊されたことの証である。(註11…The Bridge on The River Kway。1957年公開のイギリス映画。第30回アカデミー賞、作品・監督・主演男優賞受賞作品であるとともに「クワイ川マーチ(ボギー大佐)」が有名。)

中国の慰霊碑 橋を見上げる 昔の軍人風でもある 鉄橋の欄干に爆弾

対岸には中国人の慰霊碑<上左>があったが、もちろん日本人の慰霊碑などもあるのだろう。だが、探すつもりもなかった。夕暮れ<上左中>が近い。再び引き返す。警備なのか制服の男性<上右中>がやってくる。鉄橋駅側の欄干<上右>にはここでも、爆弾の空砲が使われていた。土産物屋を兼ねた大型のレストハウスのようなものが並ぶ。ここには戦争博物館もあるようだが、見ている時間はない。それでも有料トイレに立ち寄る。料金3バーツ
漢字が並び、どうやら中国人観光客も多いようである。戻りはバイクタクシーを使うことにする。40バーツでバスターミナルまで。比較的安全運転である。
バスの車内ちょうどバンコク行きのバス<上右>に間に合った。112バーツの1等エアコンらしい。アテンダントがミネラルウォーターを配り歩く。結構乗り降りはある。すでに暗くなってきてどこを走っているのかわからなかったが、何となくバンコクが近づいているのはわかる。やがて、ぞろぞろと客が降りはじめ、こちらも降りた。もちろん、本来のサーイ・タイ・バスターミナルではなく、ただの路上である。
日本食
ここからタクシーを拾い、フアランポーン<下左>へ。バンコクは日が落ちるとまるで深夜のようになってしまう。タクシーは過激な運転をするトゥクトゥクと併走する。料金は70バーツであった。そして、地下鉄<下左中>とBTSを乗り継ぎ、ナナまで戻ってきた。料金それぞれ26バーツ15バーツ地下鉄(註12)は開通後しばらくは割引料金で営業していたが、それが適用されなくなるとかなり割高な乗り物だとわかる。夕食はかなり遅い時間だったが、朝に目をつけておいた日本料理店に行く。やはり、アンバサダー・ホテルの近くである。冷や奴<下右中>カツ丼<下右>、ビールをオーダー。やはり疲れた時には日本食が一番である。全部で350バーツ程度。高めの店に行くとVATという税金がかかるが、ここはそれがなかった。ビールはスーパードライであった。そして従業員には明らかに、カトゥーイ(註13)がいる。(註12…正式名称はMass Rapid Transit。バンコクメトロ社が経営する。)(註13…タイにおけるオカマ、ゲイ、女装趣味者の総称。)<Next→End Of The Summer>

列車を待つ人々 がらがらの車内 久々の日本の味 カツ丼


バンコク(1) バンコク(2) チェンマイ(1) チェンマイ(2) チェンラーイ フアイサイ

ルアンナムター 景洪(1) 景洪(2) モンハン モンフン モンラー

ウドムサイ(1) ウドムサイ(2) ノーンキャウ ルアンパバーン(1) ルアンパバーン(2) ルアンパバーン(3)

バンビエン(1) バンビエン(2) ヴィエンチャン ノーンカイ(1) ノーンカイ(2) バンコク(3) バンコク(4)

TOP 雨とメコンと少数民族目次 旅行記INDEX

inserted by FC2 system